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続いていく日々

カリスマ : 1 (アクションコミックス) クリーピー 偽りの隣人[DVD] CURE 鬱ごはん 1 (ヤングチャンピオン烈コミックス)  お母さん二人いてもいいかな! ? 匿名の彼女たち(1) (ヤングマガジンコミックス) 

続いていく日々に些細な違和感を覚え、私はこれでいいのだろうか、と押し問答をするようなことがたまにあります。例えば、マシンの操作を間違えて意図せずファイルを消してしまったり、コミュニケーションの行き違いで疲労感が増したり、きっかけはとても小さなことです。けれど、その小さなきっかけは時に、自身の3年後、10年後も同じ日々が続いていたらどうしよう、と、普段は見ないようにしている漠然とした不安と向き合うことを強要します。

そういう時、日常が非日常になってしまうような、ショッキングなコンテンツを身体に取り入れたくなります。『カリスマ』は、もともと小説を読み始めたのだけど、途中から漫画に切り替えたら、どうやらこちらの方が肌に合っていたみたい。ゾッとしたい、という思いは増してゆき、少し前に話題になっていた「クリーピー 偽りの隣人」を鑑賞。余談だけれど、Facebookで流れてくる渋谷アップリンクの映画予告は、それだけで目頭が熱くなることもあるくらい、広告自体を楽しんでしまっています。

黒沢清つながりで、続けて「cure」を鑑賞。クリーピーより断然好みで、緻密に設計されただろう音や、ギリギリのところまで解釈を鑑賞者に委ねる監督との関係は、大学生の頃に初めて知った映画という文化の匂いを思い出すものでした。ノベライズの小説には人物描写にエイゼンシュテインという単語が出てくると聞いて、それだけで嬉しくなってしまって恥ずかしい。

 

ショッキングな非日常を覗くという行為とは違う方向性で、続いていく日々をどうにかやり過ごすこともあります。それは、他の誰かの淡々とした日常に出会うという方法です。期待していなかった『鬱ごはん』には、午前2時の布団の中、スマートフォンでページを捲る指が止まらない苦しさがありました。夫は「まるでかつての自分を見ているかのよう」と称していて、なるほどと思う一方で、私はサトウのご飯のパックの上にそのまま納豆をかけて食べる行為に『花のズボラ飯』の世界観を感じているのでした。

発売前から楽しみにしていた「お母さん二人いてもいいかな! ?」は、いざという時、つまり、何か読まないと心が弱ってしまうけれどそういう時に限って読むものがない時用にストックしておいたもの。日々は続いていくからこそ、一つ一つを無責任な誰かの言説に任せないで、自分たちで真摯に向き合い考えていかなければならないんだなあ、なんて、当たり前で難しいことを考えられるお話でした。

「匿名の彼女たち」は、フィールドワークとしても面白いです。